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その時の話し​

CARABATOツアー2019終了!

6/16/2019

 
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謎夜と楽語のツーマンツアー!CARABATO!!
 
 
ご来場いただいた方ほんとうにありがとございます。
 
 
見守ってくれていた方も本当にありがとうございます。
 


 
これからもまた色んなところでやりたいので、
 
 
 
「おい久世!ここはどうだ?」とか「行ったことないけどここでやってみたらいいのでは?」
 
 
 
 
みたいな情報も今後どんどん久世やCARABATOのメンバーに伝えてください。
 
 


 
無責任に場所の提案してください。場所の情報知りたいw


 


 
あなたの地元で楽語や謎夜ができますように! 
 


 
さてツアーファイナルは錦糸町でやって、
 
 
来てくれた方を現実から10センチずれた場所「謎夜」にご招待したわけですが、
 
 


 
素敵な写真を撮っていただきましたよ!ご覧ください。


 
 
 
あれ?風が吹いてたのかな?俺の髪がなびいている。
 
 
 
 
photo by 大洞博靖さんです
 
 
皆様ありがとうございました。ではあなたの街にうかがえますように!
 
 
 
ではでは!ここで一区切り!
 
 
 


以下は、今回のツアーでしていた僕の朗読方法ついてちょっと描いてみました。長いから興味ある人だけ読んで!
 
 
 


僕は言葉を使って言葉にならないこと、言葉を使って言葉に出来ないことを表現したいなぁと思っている人間なんですが、
 


 
いつもテーマの一つとして持っているのが、
 
 
「言語の身体性」というものです。 
 
 
言葉にも「身体性」があると思っているんですね。
 
 


 
そこから始めるともう膨大な量になるので、これを読んでる方は感覚的に捉えてくださいましね。
 
 


 
言葉にも身体性があるので、ちゃんと、身体を使わないとライブとか舞台とかの生の表現の場合、言葉は届かないし、
 
 
言葉を大事に届けようとしすぎると言葉の身体性が置き去りになるので、「言葉に出来ないこと」を「言葉で」表現できない。
 
 
 って考えています。
 
 
対になることとしては身体の言語性みたいなものもあって、
 
 
踊ったり歩いているだけなのに膨大に難しい本を読んだみたいに頭の言語野が使われる状態になったりする。
 
 
 
はい。で、僕は今回、詩というジャンルで、
 
 
 
言葉の身体性という特徴を詩で最大限に生かすために、
 
 


朗読の時、言葉を正確に届けようと思わずに読みました。


 
 
詩なんてどうせ個人的な感覚を言葉を使ってつくっただけだし、紙で読んだって「分かる」ってことはないんです。
 
 
それこそ「言葉で出来ないことを言葉で表現してる」のが詩なんで。  
 


 
じっくり言葉の意味を探りたい方は読む詩は配ってあるので、終わってから読んでもらえばいいかくらいの気持ちでした。
 
 
 


 
何のために声に出して読んだか。
 
 
読むことで自分が謎夜や言葉そのものになるために、言葉を読んでるって感じでした。
 
 


 
その詩そのものになった人をみることは、それはたぶん、生でしか体験できない。
 
 
だから何を読んでるのか言葉の意味は重要じゃない。
 


 


言葉は自分がそれを読むことで、自分の中のスイッチを押して自分自身を謎夜にするために読んでました。
 
 
謎夜を描いているときと同じ状態に、
 
 
謎夜と一番濃く遊んでるときと同じ状態に自分がなるために
 
 
言葉を声を使って読みました。
 
 
自分が裸になるために、言葉を使うのはとても楽しい作業です。
 
 


詩の内容や言葉の意味は一切届かなくてもよくて、それより自分がやりたいことが届かないと意味がない。
 
 
自分が意味や本質(=謎夜)になること!
 
 
「謎夜は本当にある」を感じてほしかったんだなとやってて思いました。


 
 
 
これはですね。演技をするということではないんです。
 
 
ただ、その状態になる、その状態にいるというだけなんです。
 
 
いきなり目の前に深海が現れたらびっくりするとおもうんですけど、そんな感じです。例えば深海になりました!
 
 
意識としては。 







自分が言葉になって、夜になって、空間も徐々に徐々にそうなっていくというか。やはり人の心が動くときに人は一番感動すると思うので。
 
 


僕の心がこの現実から10センチずれた世界って呼んでる謎夜に実際に入れば。現実から、現実から10センチずれたところにきちんといければね。
 
 
 


 
詩の意味が頭の中で繋ったり理解できなくても何かは空気を舞うだろうと。
 
 
とても異質になれるだろうと。




そしたら、時間も重力もなくなるんじゃないかな??


 
 


身体を持ちつつ身体を手放す。言葉によって。


ってのが楽しいかったなぁ。




 
 
 
言葉に身体を渡して、言葉の意味が頭に入ってこない状態なのに
 
 
何かふわふわと身体は宙を浮いているようなどこかに潜っているような感覚で。
 
  
 


たまに言葉が本来の意味を持って機能する瞬間がきてそれがまた頭の中でいつも引き起こさない反応を起こして。
 
 
 
みたいな。






 
  
 


今ある現実の枠組みを一回外すため。次元をそこからずらすためこれからも謎夜や言葉自身になっていこうと思いました。
 
 


 
 

謎夜と楽語のツーマンツアー!CARABATO!!
 
 
ご来場いただいた方ほんとうにありがとございます。
 
 
見守ってくれていた方も本当にありがとうございます。
 


 
これからもまた色んなところでやりたいので、
 
 
 
「おい久世!ここはどうだ?」とか「行ったことないけどここでやってみたらいいのでは?」
 
 
 
 
みたいな情報も今後どんどん久世やCARABATOのメンバーに伝えてください。
 
 


 
無責任に場所の提案してください。場所の情報知りたいw


 


 
あなたの地元で楽語や謎夜ができますように! 
 


 
さてツアーファイナルは錦糸町でやって、
 
 
来てくれた方を現実から10センチずれた場所「謎夜」にご招待したわけですが、
 
 


 
素敵な写真を撮っていただきましたよ!ご覧ください。


 
 
 
あれ?風が吹いてたのかな?俺の髪がなびいている。
 
 
 
 
photo by 大洞博靖さんです
 
 
皆様ありがとうございました。ではあなたの街にうかがえますように!
 
 
 
ではでは!ここで一区切り!
 
 
 


以下は、今回のツアーでしていた僕の朗読方法ついてちょっと描いてみました。長いから興味ある人だけ読んで!
 
 
 


僕は言葉を使って言葉にならないこと、言葉を使って言葉に出来ないことを表現したいなぁと思っている人間なんですが、
 


 
いつもテーマの一つとして持っているのが、
 
 
「言語の身体性」というものです。 
 
 
言葉にも「身体性」があると思っているんですね。
 
 


 
そこから始めるともう膨大な量になるので、これを読んでる方は感覚的に捉えてくださいましね。
 
 


 
言葉にも身体性があるので、ちゃんと、身体を使わないとライブとか舞台とかの生の表現の場合、言葉は届かないし、
 
 
言葉を大事に届けようとしすぎると言葉の身体性が置き去りになるので、「言葉に出来ないこと」を「言葉で」表現できない。
 
 
 って考えています。
 
 
対になることとしては身体の言語性みたいなものもあって、
 
 
踊ったり歩いているだけなのに膨大に難しい本を読んだみたいに頭の言語野が使われる状態になったりする。
 
 
 
はい。で、僕は今回、詩というジャンルで、
 
 
 
言葉の身体性という特徴を詩で最大限に生かすために、
 
 


朗読の時、言葉を正確に届けようと思わずに読みました。


 
 
詩なんてどうせ個人的な感覚を言葉を使ってつくっただけだし、紙で読んだって「分かる」ってことはないんです。
 
 
それこそ「言葉で出来ないことを言葉で表現してる」のが詩なんで。  
 


 
じっくり言葉の意味を探りたい方は読む詩は配ってあるので、終わってから読んでもらえばいいかくらいの気持ちでした。
 
 
 


 
何のために声に出して読んだか。
 
 
読むことで自分が謎夜や言葉そのものになるために、言葉を読んでるって感じでした。
 
 


 
その詩そのものになった人をみることは、それはたぶん、生でしか体験できない。
 
 
だから何を読んでるのか言葉の意味は重要じゃない。
 


 


言葉は自分がそれを読むことで、自分の中のスイッチを押して自分自身を謎夜にするために読んでました。
 
 
謎夜を描いているときと同じ状態に、
 
 
謎夜と一番濃く遊んでるときと同じ状態に自分がなるために
 
 
言葉を声を使って読みました。
 
 
自分が裸になるために、言葉を使うのはとても楽しい作業です。
 
 


詩の内容や言葉の意味は一切届かなくてもよくて、それより自分がやりたいことが届かないと意味がない。
 
 
自分が意味や本質(=謎夜)になること!
 
 
「謎夜は本当にある」を感じてほしかったんだなとやってて思いました。


 
 
 
これはですね。演技をするということではないんです。
 
 
ただ、その状態になる、その状態にいるというだけなんです。
 
 
いきなり目の前に深海が現れたらびっくりするとおもうんですけど、そんな感じです。例えば深海になりました!
 
 
意識としては。 







自分が言葉になって、夜になって、空間も徐々に徐々にそうなっていくというか。やはり人の心が動くときに人は一番感動すると思うので。
 
 


僕の心がこの現実から10センチずれた世界って呼んでる謎夜に実際に入れば。現実から、現実から10センチずれたところにきちんといければね。
 
 
 


 
詩の意味が頭の中で繋ったり理解できなくても何かは空気を舞うだろうと。
 
 
とても異質になれるだろうと。




そしたら、時間も重力もなくなるんじゃないかな??


 
 


身体を持ちつつ身体を手放す。言葉によって。


ってのが楽しいかったなぁ。




 
 
 
言葉に身体を渡して、言葉の意味が頭に入ってこない状態なのに
 
 
何かふわふわと身体は宙を浮いているようなどこかに潜っているような感覚で。
 
  
 


たまに言葉が本来の意味を持って機能する瞬間がきてそれがまた頭の中でいつも引き起こさない反応を起こして。
 
 
 
みたいな。






 
  
 


今ある現実の枠組みを一回外すため。次元をそこからずらすためこれからも謎夜や言葉自身になっていこうと思いました。
 
 


 
 



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