海は自分の身体。
そう思って、身体を浮かべて、自分がこの星の大部分すべてになった気持ちで。 海の中にいる。 小さいツツを咥えて。 何も考えずただぼうっと。 聞こえるのは呼吸の音と、石が転がりぶつかる音。 私もこの世界の住人だ。 今、はかなく浮いている海と 地上の私はなにも違わない。 世界に対して気持ちよいほどの無力。私の中に世界があるという事実。 自分の本当の大きさは小さくて言葉ですらまだないということを確認するため。 小さな魚やじっとしているなまこと何も変わらないことをしっかりと体験するために。 私の地軸をしっかりと元の位置に傾けるために。 私は海の中に居る。 身体を広げて、末端が遠くの海までつながっている気持で浮いている。 いつのころからか、私は女と目が合っている。女は白い服を着て、 海の底で私を見て笑っている。 体温が下がったころだろうか。 太陽の光が海中で揺らめく様に心を奪われたすぐ先に底の見えない闇が たくさんあることを確認したころだろうか。 見えるものより見えないものの方が圧倒的に多いんだ。いくら私は海だといっても。 私がそれを痛感したころ。私はいつも海の底に女がみえるようになった。 女はいつも笑っている。私を優しく見つめて、死はここだと揺れている。 私が動くと女も動く。動く気配もなく女は常に底にいる。 魚のひれの動きの向こうから突然現れる女。 暗い石の陰から風のように身体を伸ばして現れる女。 白い海の底、全面に広がる女。 しばらくは心地よく女のことを忘れていても、 私の身体に海への期待より海への未知が浸透すると、 その女がいつも現れる。 海の底に居る女はやさしく笑っている。 自分の身体が本当にここにあるかどうかわからなくなるほどの未知とともに わたしが沖へ出れば出るほど女の身体は大きくなって。岩も魚も光も何も そのままそこにありつつ、女の存在だけが自然といつの間にかその場所に増えて 私は水と私と女と一緒に泳いでいる。 彼女にこれ以上近づく勇気はない。 あの女を追って潜ったら私の知らない海の向こうまで行けるのだろうか。 そのとき身体はまだあるだろうか。 彼女は近づいても、近づいてこない。 私も無理やり近づいていけない。 とても神聖な距離を取って、私が彼女の世界に浮かんでいるのを彼女は見ている。 もし近づいたら顔が豹変するのだろうか。それともそのまま優しいままだろうか。 8つ歩いて下を見る 6つ歩いて水を飲む 9つ歩いて花を嗅ぐ 7つ歩いて7つ連なる郵便受けが浮いていて そのまま5つ歩くと、大きな月がぐっと浮かんで私は体を残して宙を舞った。 (謎夜 138夜目より抜粋 ) 月をすっと採って、夜の星の無い部分をひゅっと丸く切り抜いて、火でそっと温めて、そこに月をサァッと滑らせて、月から出る油のようなもので、何かを焼く。 本でも水でも音でも砂漠でも。全てをいかす月の味。 なるべくぷりっぷりっ満月を採ること。 (謎夜 4461夜目より抜粋) 焼き目をつける空に。焼き目をつける壁に 焼き目を作る水に。焼き目をつける角に 焼き目をつける星に。 焼き目をつける闇に 焼き目をつける風に。 焼き目をつける身体に それを時間と呼ぶんだと。 (謎夜 4005夜目より抜粋) 壷が落ちていた 小さい壷だ 手のひらに乗る。
中から声がした。 手のひらの壷の中に入る 「私は壷を形づくっている陶器の中にいます」 「割らないでね。私はこの陶器が壷であるときの厚みの中にしかいられないから」 私は壷を出て「割れないように」を中に入れ、壷を元の場所に戻した。 周りを壷に囲まれていて笑った。 (謎夜 4733夜目より抜粋) |
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1月 2021
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